■ 音風景13
ボレロ 川崎にて
=かなたからの呼びかけに呼応して=


遠く、はるか遠くの向こうから何か気になる音がする。
少しこわさすら感じさせるけれど、なにか心をわきたたせるような響き。
「打」は人の本能であり、一番最初の音楽だと思う。
その原始を思わせつつ、いくつもの手練で磨き上げられた音が鳴り始めた。
そこに誘われて、だれかが加わり、抜け、また誰かが加わっていく。
大きなうねりが出来上がっていく・・・
自分の力ではあの緊張感をどうもうまく表現できない。
説明したら何行も要するご縁の向こうにボレロがいた。
もちろん、自分すら知っている超有名曲。
お誘いをいただき、川崎まで出かけてしまった11年暮れ。
震災の年。
ご当市には多数の方が避難しておられるそうで会場にも何人かをお招きしたそう。
随所に発せられる気遣いの言葉と、鎮魂、やりきれない思いを乗せた音たち。
選曲。
千数百人入るだろう会館の2/3は演奏者という
かつて見たこともないような状況で続く音楽会。
ハンドベルによるバッハの曲から始まり、
声楽とオケなど、贅沢な音たち。
スパニッシュのダンスもこの後に演奏されるボレロを予感させる。
160人という、自分がこれまで見た中では最大の吹奏楽を経て
ボレロが始まった。
スネアのリズムに呼応して各楽器たちが音を語る。
これも、まつりの最盛期を目指して各々、集うが如く。
あるいは宗教的瞑想領域に誘うが如く。
さまざまな音がさまざまなところからわきあがる。
会館の中央の指揮台で指揮者は、
音の発する時間差をどのように扱うのだろう。
スポットライトは指揮者とそれぞれの楽器奏者を
的確に浮かび上がらせる。
どこかで聞いたボレロとは違う独自の編曲が
多々織り込まれる。
歌声や、メロディオンなどの子供の楽器群、
フィナーレへ、フィナーレへ向かう。
大きな大きなうねり。
一体感の音。
会場も照度を増し、舞踊が入り、最後の打楽器が盛り上がりに加わり、
終わった。
終わった瞬間、この地、川崎の遠さを思い出した。
また、被災され避難されている方々が感じられる「遠さ」を想った。
11.12.18

